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投影から始まる

 

 私たち人類が作り出してきたものは、言語、文化、社会と多々ありますが、この発生のおおもとには投影という機能があるのではないかと思います。

 

この世に生まれた赤ん坊が、抱きしめて乳をくれる母親へ持つ無条件の信頼感、それは安心感を与えてくれる存在があるはずだという本能に近い直観を投影しているからこそでしょう。母親がこれに応えることで、この直観は裏付けられ、赤ん坊は自分の投影に自信を持ち、生きることへの安心感が形成されます。投影から始まり、母親との間で安心感・信頼感を創造したわけです。この創造が、コミュニケーションの手段である言語の創造につながって行ったのではないかと思います。

 

ところが、すべての親がこの投影を無条件に受けられるとは限りません。この世を長く生きてきた親は、それぞれの事情を抱えています。

 

愛と信頼に恵まれ、豊かな愛情を育ててきた親には、赤ん坊は愛し守るべき宝のような存在です。しかし、自分が愛と信頼を求めて投影したのに十分に与えられなかった親は、心に不安と自己否定感を抱えています。赤ん坊の可愛さは認めつつ、自分の思い通りにならない存在を受け止めることができず、戸惑いと苛立ちを覚えるのです。

 

このような環境で成長する中で、子供は、親が思い通りに反応してくれないのは、自分が悪いからではないか、親に喜んでもらうためにもっと努力しないといけないのではないかと思うようになります。人生最初の投影、親は自分を絶対的に受け容れてくれるはずという投影は簡単には崩れないので、原因を自分に持って来ざるを得ないのです。そして、自分が悪いのではないか、努力が足りないのではないかと自分を責めるこの思考が、その人の人生を支配していくようになります。

その結果、いくら努力しても満たされず、どこかにいつも不安感を抱え、生きることを十分楽しむことができません。このような傾向は自分だけの問題と思っているので、人には言えず、孤独感を抱えてさらに悩むようになります。

 

この生き方が行き詰った時、強い無力感に襲われ、それまでのような社会生活が送れなくなることが往々にしてあります。この時こそ生き方の見直しが必要とされ、ある意味では自分らしい人生を取り戻すチャンスなのです。

 

ここで自分を責める思考を止め、最初の投影に戻り、人は否定せず受け容れてくれるもの、信頼と安心をもたらしてくれるものという体験をする必要があります。大人になった今、赤ん坊には戻れないけれど、自分のことを何とか考えてやれる力は持っているはずです。

 

自分一人で自分を抱えてきて、自分を責め叱咤激励してきた苦しさを、信頼できる人に分かってもらい、ねぎらってもらいましょう。分かってくれる人を探そうという決心と行動が、自分を認め、生きる実感を取り戻す第一歩になるはずです。