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主役不在

物語、劇、映画などは、必ず何らかのストーリーがあり、その中心になる主役がいます。周囲とのやり取りや出来事が起こる中で、主人公はその状況を楽しんだり、立ち向かったりしながらドラマが進行します。

この主人公がいなかったらどうでしょう。それぞれの場所でつながりの乏しいドラマが展開し、見る側も退屈して中座するでしょう。

心がうつ状態になるときは、まさにこんな状態と言えます。主役がおらず、まとまりのないバラバラの心の状態で、現実に対処するのが困難になります。何とか心をまとめようとしますが、主役不在ではまとまらず、疲れて自信を失くし、現実から逃れたくなります。

この時、主役はどこに行ったのでしょう?自分の心ですから主役がいて当然なのですが、自分を顧みてないと徐々に主役の存在が希薄になってきます。顧みないどころか、日常的に自分を責めたり否定したりしていることも多いものです。

ものごとがうまく行かない時に、自分の責任だとして自分を責め否定する、これは一見謙虚ですが、すべて自分で抱え込み結局解決しないことが多いものです。そしてますます自信を失くします。人生の主役は自分であり、全力で守らないといけないものですが、これでは自分を守れません。

自分を責め否定する理由として、自分を甘やかしてはいけないという考えがあるようですが、甘えはいけないことなのでしょうか?

自分を心から肯定し甘やかしてくれる心地よさは、子供大人を問わず生きる力を与えてくれます。生きる力が湧いてくれば、自分の力で前に進んで行きたくなります。このような甘えを本当に体験してないと、甘えは他者に依存する、いけないことと思いがちです。

見失った主役を復活させるには、まず自分を認め肯定すること、十分に頑張ってきた自分の頭をヨシヨシとなでてやること、それは甘えの心地よさを体験することかも知れません。

 

主役として自分の人生を生きるのは、困難なことが多いものです。厳しさの中にも時には甘えていいよとやさしく、主役の自分を見守ることが必要です。